モールス信号と電報について

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電報が築いた文化:モールス信号から「サクラサク」まで

現代社会では瞬時にメッセージが送れるインターネットやスマートフォンの普及により、その存在感が薄れている電報。しかし、かつては「最先端」の通信手段として、社会や文化に大きな影響を与えました。今回は、電報の裏側を支えたモールス信号から、それにまつわる様々なエピソードや文化までを紐解いていきましょう。

電報とは何か?そして現代の役割

電報は、文字情報を電気信号に変換して遠隔地に送り、受け取った側で文字に戻して届ける通信サービスです。かつては手紙よりもはるかに速い情報伝達手段として広く利用されていました。

現代では、お祝いごとやお悔やみごとといった慶弔時のメッセージ、あるいはビジネスにおけるフォーマルな通知など、**「気持ちを形にして届ける」**という特別な場面で利用されることがほとんどです。日本では主にNTT東西がサービスを提供しており、インターネットや電話(局番なしの「115」)で申し込むことができます。

アメリカでの呼び名「Telegraph」とモールス信号の誕生

電報は英語で「Telegraph(テレグラフ)」と呼ばれます。これは電気(electricity)で書く(graphy)という意味の造語です。この技術を確立したのが、アメリカのサミュエル・モールスでした。

モールスは1830年代後半に電信機とモールス符号を発明しました。モールス符号は、短点(トン)と長点(ツー)の組み合わせで文字を表す、シンプルながらも画期的なシステムです。モールスは当初、自身の発明をアメリカ政府に売り込もうとしましたが、当時の人々には電気による遠隔通信が理解されず、「オカルト的」「詐欺的」とさえ扱われました。

しかし、モールスは政府の冷遇にもめげず、民間の出資を得て事業を展開。1844年にはワシントンD.C.とボルチモア間で最初の公式な電報回線を開通させ、「What hath God wrought!(神がなされた業はなんと偉大であろう!)」という最初のメッセージが送られました。

画期的な技術ゆえの論争

モールス電報の普及は、新たな社会問題も引き起こしました。その一つが特許に関する激しい論争です。モールスが取得した特許、特に「電気の力を使って任意の符号を遠隔地に伝える」という非常に広範な内容を含む「第8項(Claim 8)」は、競合他社や他の発明家から「電信の概念全体を独占しようとしている」と批判されました。

この論争は最終的にアメリカ最高裁判所までもつれ込み、1853年の「The Telegraph Case」という判決で、第8項は「抽象的で広範すぎるため無効」と判断されました。この判決は、具体的な実施方法に特許を与えるべきだという現代特許法の基礎を築く上で重要な判例となりました。

面倒なプロセスとそこから生まれた文化

当時の電報は、現代のメッセージ送受信とは比較にならないほど面倒なプロセスが必要でした。

  1. 依頼者が電報局へ赴き、メッセージを口頭か手書きで伝える。
  2. 電報局の電信士がメッセージをモールス符号に変換し、電信機で送信。
  3. 受信側の電報局で電信士がモールス符号を受信し、文字に起こす。
  4. 電報配達人が、その文字に起こされたメッセージを届け先の住所まで配達する。

このような手間ひまがかかるプロセス、そして文字数に応じて料金が変わる課金体系は、独特の文化を生み出しました。

  • 「ハハキトク」「チチキトク」: 家族の危篤を知らせる非常に緊急性の高いメッセージは、究極に簡潔なカタカナ5文字の定型句となりました。これは、モールス信号の特性と文字数課金という制約が生み出した、情報伝達の効率化の象徴です。
  • 大学合格発表と「サクラサク」: かつて、大学の合格発表は電報で行われることがありました。遠方の受験生のために合格の朗報をいち早く伝える手段として活用されたのです。この際、合格を知らせる電報の定型句として「サクラサク」という言葉が生まれました。春の訪れとともに努力が実を結ぶ様子を連想させる、短くも縁起の良い表現として広く親しまれました。

船舶無線と「SOS」:命を救うモールス信号

電報のために開発されたモールス信号は、陸上の有線通信だけでなく、広大な海を航行する船舶無線でもその真価を発揮しました。グリエルモ・マルコーニによる無線電信の発明により、電波に乗せてモールス信号を送ることが可能になり、航行中の船舶と陸上、あるいは船舶同士の通信が実現しました。

これにより、海上の安全性が飛躍的に向上しました。嵐や故障、衝突といった緊急時に、迅速な救助要請や状況報告が可能になったのです。最も有名なのが、世界共通の遭難信号「SOS(・・・---・・・)」です。1912年のタイタニック号沈没事故でSOS信号が発信されたことで、その重要性は世界中に知れ渡りました。

モールス信号が築き上げた様々な文化

今ではアマチュア無線や特定の趣味の領域でしか見かけなくなったモールス信号ですが、その画期的な技術は、私たちの社会や文化に多様な影響を与えました。

  • 言語表現の進化: 「ハハキトク」や「サクラサク」に代表される、簡潔ながらも意味深い表現が生まれ、情報の効率的な伝達を追求する文化が培われました。
  • 専門職の誕生: モールス信号を操る電信士や無線通信士は、高度な技能を持つ専門職として社会から尊敬を集め、彼ら独自のコミュニティや文化が形成されました。
  • 情報社会の礎: 瞬時に情報が伝わるようになったことで、新聞の速報性が向上し、ビジネスや国家運営における情報流通が劇的に加速しました。これは、現代の情報化社会の基盤を築く上で不可欠な一歩でした。
  • 物語の題材: スパイ映画や冒険物語では、秘密のメッセージをモールス信号でやり取りするシーンや、遭難信号を送る無線士の姿が、ドラマチックな場面を演出する要素として描かれてきました。

モールス信号は、単なる技術革新に留まらず、コミュニケーションのあり方、職業観、そして社会全体の情報流通の仕組みにまで深く影響を与え、豊かな文化を築き上げたのです。

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