本稿は、単位時間あたりの平均発生回数が λ という直感的な前提から、ポアソン分布の確率質量関数と基本性質を、定義や式変形を省略せずに導出する。あわせて、指数関数の級数展開は二通り(微分方程式法と二項定理・極限定義法)で説明し、正規化や分散計算における各ステップの意図を言語化する。
対象読者
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式変形を追いながら、ポアソン分布の統計量等について理解したい人
扱うもの
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確率質量関数
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正規化
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期待値
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分散
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モード(最頻値)
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付録: の二通りの導出、 の導出
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1. 出発点(定義的な前提)
時間区間 における事象回数を確率変数 とし、次を採用する。
1) 単位時間あたりの平均発生回数が 。極小区間 で 1 回起こる確率はおよそ 。
2) 同じ極小区間で 2 回以上起こる確率は の二次オーダで無視できる。
3) 重ならない時間区間での発生は独立。
これらはポアソン過程の基本仮定に相当し、本稿ではこの前提から 1 区間 の回数分布を導く。
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2. なぜベルヌーイ試行や二項分布を持ち込むのか
区間 を 個の等分小区間(長さ )に分けると、前提 1) により各小区間で 1 回だけ起こる確率は となる。前提 2) により同一区間内の多重発生は無視でき、起こるか起こらないかの二択になる。前提 3) より小区間間は独立である。したがって、全体回数 は成功確率 のベルヌーイ試行を 回 行ったときの成功回数、すなわち二項分布
に従う。時間を細かくする の極限で連続時間モデルに近づくため、この二項分布の極限形がポアソン分布として現れる。
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3. 付録 A:組合せの基礎
順序付きに 個を選ぶ方法数は 。順序を無視した組合せは、1 つの集合あたり順列が 通りあるので
階乗を用いれば とも表せる。
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4. 付録 B:指数関数の級数展開 の二通りの導出
4.1 微分方程式からの導出(冪級数法)
を とおき、 を係数比較で解く。
よって
4.2 二項定理と極限定義からの導出
定義 と二項定理
を用いる。
固定 で とすると 。したがって
以後は として を用いる。
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5. 二項分布の極限としての確率質量関数
ゆえに
これは「単位時間あたり ・多重発生無視・区間独立」という前提の帰結として導かれた確率質量関数である。
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6. 正規化 の確認とその意味
計算
ここで を用いた。
この操作は、「互いに排反な事象 の全確率の総和は 1」 という確率の基本原則と矛盾しないことを検算しているという位置づけである。すなわち、導いた が正しい確率分布になっていることを確認している。
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7. 期待値
平均が前提の「単位時間あたり 」と一致しており、モデル仮定と帰結が整合している。
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8. 分散
本節では、まず「愚直に」 と をそれぞれ計算し、最後に分散 を求める。そのうえで、計算を簡潔にする別視点(階乗モーメント)を補足として述べる。
8.1 方針
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すでに得ている期待値 を用いる。
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は定義どおり
から計算する。
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は恒等式 で二つに分ける。これは、分母の と分子の や が部分的に打ち消し合い、 や に簡約されるためである。すなわち「階乗の一部を取り出して消す」ことが目的である。
8.2 直接計算
まず一次の項:
添字を と置くと
次に二次の項:
添字を と置くと
以上より
したがって
8.3 補足:階乗モーメントによる短縮計算
「階乗モーメント(falling factorial moment)」とは、 の期待値 を指す用語である。ポアソン分布 では
が成り立つ。特に で を即座に得るので、
となり、上の直接計算と一致する。この枠組みは高次モーメントの計算を簡潔に整理する目的で有用である。
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9. モード(最頻値)
で増加、 で減少に転じるので、
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非整数: がモード
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整数: と の二峰が同率最大
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10. まとめ
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「単位時間あたり 」「多重発生は無視」「区間独立」を前提に、時間を 分割してベルヌーイ試行の列(二項分布)に読み替え、 の極限で
を得た。
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正規化は を直接検算し、確率の総和が 1 という原則に合致することを確認した。
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、。分散では を用いて階乗の一部を取り出し、 へ整形する意図を明示した。
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モードは (非整数)または (整数)となる。